『時報』の記事
各『時報』に掲載された共通した記事は、時事・村政・経済産業事情・村内の動き・子どもたちの声や詩・俳句、各種団体の活動などである。そこに、村々が培ってきた継承したい歴史事項などが加わることによって、その村の特徴が『時報』に滲み出てくる。例えば『塩尻時報』は、「蚕種郷塩尻村」といわれたように、蚕種にかかわる情報掲載は他村の『時報』に比して圧倒的に多いこと、児童自由画・農民美術・自由大学の企画に奔走し、「哲人村」（土田杏村「哲人村としての信州神川村」ど題して『改造』1921.7.5に発表）と全国に紹介された神川村の時報『神川』は、哲学的な記事が豊富であること、「義民の里」と称された青木村の『青木時報』は、時事や村政への批判と義民歴史の継承、いち早い「女性欄」の設置をして女性の人権拡張に動いたこと、『西塩田時報』は人権問題を他『時報』より多く取り扱っていること、『神科時報』は『青木時報』に負けず劣らず鋭い時事批判を展開していること、などである。ここでは、前回までの関連として、『塩尻時報』と『青木時報』の特徴的な記事を取り上げるが、他村の『時報』も合わせて読まれることを切望する。そこに広がる世界は、時代時代の村々の老若男女が奏でる生活誌があり、経済社会の姿があり、村人が築き上げ発信した教育・文化がある。『時報』のもつ魅力についつい引き込まれていく。
『塩尻時報』の特徴的な記事
『塩尻時報』は、「蚕種郷の塩尻村」と称された塩尻村の青年たちによって発行された『時報』である。最大の特徴は、毎月掲載されている蚕種にかかわる記事の他に「蚕種号」という特別・臨時号が発行されていることである。蚕種業を中心としていた上田小県地域であったが故に、各村『時報』は多少にかかわらずこれに関する記事の占める割合は多いが、『塩尻時報』の情報はその比ではない。いかに主要な産業であったか『時報』を見るだけでもわかる。しかし、特徴はこれだけではない。それは、他村の『時報』ではほとんど見いだせないない音楽に関する記事が群を抜いて豊富である、ということである。蚕種業の繁栄がもたらす富が最新の知識・技術を求め導入させるいっぽう、村に、家庭に、老若男女に心の癒しや楽しみをもたらすし、さらに村民の団結をはかり、村共同体の結束を促すすばらしい媒体としての音楽の大切さが語られている。その媒体となったのが「塩尻楽友会ハーモニカバンド」（写真は発会の様子を伝えた『時報』）である。蚕種業に従事する青年実業家たちと小学校の先生とによって設立された。おそらく県内最初になる「ハーモニカバンド」ではないかと思われる。
『青木時報』の特徴的な記事
各『時報』は、「安寧秩序ヲ紊シ又ハ風俗ヲ害スルモノト認ムルトキハ其ノ発売及頒布ヲ禁止シ必要ノ場合ニ於テハ之ヲ差押フル」（新聞紙法第12条）の中で発行されていた。時事問題も扱う『時報』であるから、頻繁に特高の方から上田警察署経由で記事差し止めなどの通知が届く。例えば、１９３３（昭和８）年２月４日に起きた「２・４事件」（いわゆる「長野県教員赤化事件」）については、「長野県下ニ於テ検挙ニ係ル左傾小学教員ノ児童ニ対スル動キ並ニ其ノ影響等ニツイテハ当分ノ間之ヲ新聞紙ニ掲載セザル様・・・本年二月二日以降左記各県（長崎県、長野県）ニ於テ検挙ニ着手シタル治安維持法違反被疑事件ニ関スル一切ノ事項ノ掲載禁止」（特高秘収第1465号 1933.2.22）という通知が編集部宛に届けられている。言論統制であるが、編集部は通知に即した対応をせざるを得ない。「知る権利」を掲げていた『青木時報』にとって納得のいくものではなかったことは明らかである。こうした統制が頻々と出される中で、何故この記事の掲載が許されたのだろうか、と思わせる伏せ字の入った記事がある。満蒙信濃村建設に関する記事である（第136号19331.1）。１９３２年８月、全国にさきがけて打ち出された長野県独自の「十一ケ年間五〇〇〇戸入植」を目標にした「満州愛国信濃村建設要項」という移民政策である。その建設基金として「三十万戸ノ県民各位ノ血汗ノ醵金ニ仰グ」としたこの計画に対する村民からの批判記事である。その骨子は、「本村の建設費割当額は二百一円だとかだが信濃村建設どころか、青木村建設の方が忙しい事だ・・・『信濃村建設』等に（お金を）出す事は大きな間違ひで・・・『満蒙へ愛国信濃村建設』には反対せねばならぬ」と反対を明確にした主張である。
「時事の報道批判」を編集方針に掲げている『青木時報』としては、当然の記事といえるが、「満州愛国信濃村建設要項」は後に「満州信濃村建設」として再構成され、さらには全国の満州移民を誘導する布石になっていったことを考えると、新聞紙法第１１条に該当する記事と思われるがお咎めはなかった。他の『時報』で「満州愛国信濃村建設要項」を批判した記事がなかっただけに出色の記事といえる。この記事と同様に考えられるのが、農会や青年訓練所、消防組など国政に係わる制度のあり方について、それらの解散・廃止運動や民主化運動の様子が掲載されたが、いずれも発売や頒布の禁止、差押えといったことは行われていない。「長い物にはまかれろ」ではない編集が貫かれていたとみてよいであろう。その点からも『青木時報』そのものが特徴ある『時報』といえる。また、こうした姿勢こそが、村が持つ「義民の里」としての歴史の継承の大切さを伝えた企画を生んだといえよう(写真参照)。
2013年1月22日 上小近現代史研究会 小平千文
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