『むし倉日記』

むし倉日記　〜語り継ぐべき善光寺大地震の記録〜 †

『むし倉日記』（河原綱徳／稿　信濃教育会／編　信濃毎日新聞社　1931年） †

解説 †

2011年3月11日に発生した東日本大震災、大津波並びに福島原発放射能汚染は日本に未曽有の大災害をもたらしている。

ところで、長野県にはマグニチュード6以上の地震は15回あったという。記録上の県内最古の地震は和銅7年（714年）に発生した伊那遠山の地震で、『続日本紀』、『扶桑略記』によると、遠山川（天竜川支流）がせき止められ、数日後に決壊して農地や民家を流したという。（塚原弘昭著『長野県の地震入門』）

その15回のうち、最大の地震が善光寺大地震であった。弘化4年（1847年）5月8日（旧暦3月24日）21時ごろ、善光寺平にマグニチュード7.4（阪神淡路大震災は7.3）の大地震が発生した。折しも善光寺御開帳の期間中で、死者は8,000人から12,000人に上り、家屋は2万9千戸〜3万4千戸が倒壊し、各地に大規模な火災が発生した。また、松代藩内だけでも4万ヶ所以上の山崩れが起こった。地震直後の阿鼻叫喚の惨状は権堂村の名主が綴った絵と文「地震後世俗語種」等各地に多くの記録が残された。（「善光寺地震にみる震災のあと」信濃毎日新聞1月31日号）

中でも有名な記録が松代藩家老河原綱徳（つなのり）がその手記を整理しておいた稿本『むし倉日記』である。昭和６年に信濃教育会編で信濃毎日新聞社から復刊された巻末記によれば、本書は「惨害の最も甚しかった領内は勿論南は松本藩領から北は越中富山藩領に及び調査せしめた被害状況の詳細と、続いて翌月岩倉山崩壊と共に堰留められた犀川の水が十有九日で決壊して所謂川中島四郡に氾濫した顛末に至る迄、親しく責任ある衝に当って応急復興に尽瘁した始終を記述して置いたものである。」

善光寺一帯は火に包まれ「大勧進は毘沙門山に遁れ、如来も裏手に立退きあり、本堂山門は残り、大勧進は潰れて残り、本願上人の方は跡方もなく焼失侍りぬ」状況で、三日目の「二十六日の夜善光寺の火漸消失たり」と伝えている。

多くの人命を奪った惨状を、「善光寺にては、夜な夜な燐火あまた出、又助けてくれ助けてくれと呼叫ぶと云、雨夜には猶多しとそ、斯数千の圧死、かかる事もある事なるべし、又飯山にては、夜なく狼山より下り来て死人を掘喰う故、鉄砲を夥しく打て驚かさしむると也」と記している。

善光寺大地震は各地に土砂崩れを発生させ、崩れた土砂が河川をせき止めた。中でも岩倉山（長野市信更町）の斜面が崩れて犀川に流れ込んだ土砂で巨大なダム湖が出来上がった。そのダム湖の長さは犀川の上流生坂村まで23ｋｍに及び、水深は60メートルを超え、諏訪湖の5倍以上の貯水量となった。

この巨大なダム湖が地震発生から19日後に決壊し、下流地域に大水害を引き起こした。「岩倉の堰留、まだ一丈程ものらざれは抜けまじと皆思ひ居しに、大浪一度打懸るとみし間に、忽ち十丁の堰留を一時に押払、高浪打て二の湛をも一時に押切、小市へ出たる時、水の高さ六丈六尺ほど有しと云、彼真神の大抜を押はらい、小市の町を片側崩して真直に流失、南の方はこたひ普請の土堤にて暫しは支けるか、是も忽ち押流して、川中島平一面に激水となり、四ツ屋村を四軒残し押流したり」とその洪水の凄まじさを物語っている。

人々は洪水を警戒して、妻女山等高台へ避難し、小屋を作って生活する人も多くいたという。松代藩は触書を出し、避難を呼びかけ、決壊したらのろしを焚いたり、鐘を鳴らしたり、下流まで非常事態を知らせる態勢を整えたが、人為を越えた濁流の様、流失する屋根や高き木によじ登り必死の村人の姿も『むし倉日記』は記している。

この『むし倉日記』の編著者河原綱徳は、藩主真田幸貫の用人から五百石取の家老職となった苦労人で、嘗て『真田家御事蹟稿』百余巻を編述した歴史家でもあった。善光寺大地震が発生した弘化四年当時藩老の中心にあり、この大災害に対する指揮を執り、復旧復興に尽瘁した。この時、山寺常山、佐久間象山等幾多の有為の士も活躍した。

東日本大震災から1年の今日、160年余前に発生した善光寺大地震の顛末を詳細に記録した『むし倉日記』から学ぶ意義は大きい。また、『むし倉日記』を復刊、デジタル化し、誰でも、いつでも読み、学べる形にすることは公共的図書館の重要な仕事であろう。

所蔵館 †

『むし倉日記』（河原綱徳／稿　信濃教育会／編　信濃毎日新聞社　1931年）
長野市立図書館
市立須坂図書館
中野市立図書館
市立飯山図書館
市立小諸図書館
松本市中央図書館
飯田市立中央図書館・上郷図書館~飯島町図書館
県立長野図書館

「新編信濃史料叢書」第9巻所収：信濃史料刊行会／編　信濃史料刊行会　1973年）

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