近代上田小県地域の生き字引『上田郷友会月報』 †
解説 †
千曲川を抱き、千曲川に育まれて築き上げられた「蚕都上田」は、さまざまな斬新な文化を地域内外に放ってきた。その裏付けになるもの、発信をうながしたものなどさまざまな貴重なアーカイブズ（史料）を保有すると同時に、「出版王国長野県」の一翼を担う出版活動が盛んな地域でもあった。その一端を見つめる探訪に出てみる。最初は『上田郷友会月報』である。一言でいえば、近代上田小県地域のありとあらゆる分野における生き字引的史料であるが、同時に記録することの大切さを示唆したことと史料の利用・活用に先鞭をつけた史料ということになる。
創刊は、１８８５（明治１８）年２月１日。編集員は、小河滋次郎（監獄制度改良、方面委員（民生委員）制度創設者）や山極勝三郎（人工がん研究の先駆者）、勝俣英吉郎（医師、上田市長）ら５人。そして、上田郷友会育ての親といわれた宮下��太郎が一貫して編集責任の任に当った。おもしろいことに第１号は「休刊」の措置や「廃刊の届けをなした」などの事情から３種類存在する。発行した上田郷友会とは、「上田地方所生ノモノ」や「上田地方ニ縁故アル者」（上田郷友会規則第３条）によって東京で結成された組織で、その前身は上田学友会親睦会である。時に２２歳であった山極勝三郎が記した第１号の緒言に、この組織設立の大志が記されている。曰く、「東洋ノ一孤島」日本の「独立ヲ永ク保績シ威名ヲ轟カシムル」には、「文学技芸農工商ノ進歩」がなくてはならない。「一国ノ隆盛ヲ企図スルモノハ先ツ郡邑ヨリ始ム可シ」、そのためには「各郡邑奨励ノ会ハ決シテ欠如ス可カラサルモノタリ」。上田学友会親睦会創立はそのためであり、「松代ノ上ニ出デント欲スルナリ、松本ノ右ニ座セント欲スルナリ、薩長土肥ノ如キハ固ト之レヲ臀下ニ置カント欲スルナリ、互ヒニ以テ我国ノ隆盛ヲ致サントナリ」と、「他郡邑ト競争」しその先陣となり、維新政府を「臀下」にして国の隆盛を図ろうという堂々たる主張である。ところが、壮大な主旨に適う会には至たらずむしろ会の「衰亡ヲ慨嘆シ」、１８８３年７月、前会結成の志を継いで「会員相互奨励ノコトヲ勉メタリ」という目的のもとに上田学友懇親会（当時郷友会ト称ス）が改めて設立された。しかし、この組織も順調な滑り出しにはならなかったが、会の勢力を維持するためには「先ズ雑誌ヲ刊行スルニ決シ、名ツクルニ月報ヲ以テセリ」として発行されたのが『上田郷友会月報』であった。
掲載事項は、郷友会例会記事、論説、雑録、雑報の４柱になっている。その内容は、気候、風物・流行、戸口、上田城趾・公園、水道・電軌・ガス、官公庁・選挙、交通・通信、宗教・社寺・祭・縁日、教育、出版・文芸・娯楽、産業（農、商・工業）、災害、事件、医事、軍事、諸・会合、上田・小県以外の郷土通信、消防、方言・訛、歴史、その他と、２１項目にわたっている。これらの内容が、１８８５年から「時局の為月報発行不可能」となったことから１９４４年３月の第６８６号「限り休刊の止むなきに至り候」（２５日）まで書き込まれている。とりわけ「雑録」や「雑報」には、その時の上田小県地域の政治経済の動向はもちろんのこと、地域社会で繰り広げられている生活模様がきめ細かに記録されていることから、時代時代の様子が手に取るようにわかる。角度を変えて各項目を時系列で追っていけば、おのずとしてそのテーマ史になっていく。
月報の生き字引的史料もさることながら、見逃せない二つは、記録することの大切さである。戦時体制による言論統制政策により「休刊」を宣言せざるを得なかったが、どっこいガリ版刷りの『月報』が１９４４年５月から６・７月まで、８月は活字印刷で、翌１９４５年は１・２月、３月は東京大空襲により原稿焼失、１９４６年の１・２・３月の発行と、ページ減こそあれ断続的に発行されていたことである。２０１１年３．１１東日本大震災の折り、石巻日日新聞社が手書きの『石巻日日新聞』を発行して世界的にも大きな評価を受けたが、『上田郷友会月報』は、すでに同様のことを実践し、空白になる時期の記録を残している。
三つは、貴重な史料の活用をしやすくさせる史料の整理や利用の仕方の上で先鞭をつけたことである。史料利用者は、『上田郷友会月報目録 郷土関係記事索引』をみれば、たちどこころに求めている月報の記事を拾い出せる。膨大な記録で埋め尽くされている月報の記事一件一件を、時代別、記事別、年号別などに分類整理しているからである。大変な作業をおして作成された索引（目録）は、作成時点では史料の利用・活用の思想のもとに整理されたわけではないだけに、それを重要視する現在の史料整理方法の先駆的役割を果たした索引になっている。『上田郷友会月報』と『上田郷友会月報 郷土関係記事索引』は、いずれも上田市立図書館で閲覧、利用されている。
2012年3月 上田小県近現代史研究会 小平千文
所蔵館 †
上田市立上田図書館
上田情報ライブラリー
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